登っていく
  

標高千メートルの
花畑とブナの森をめざして
百六十六人乗りロープウェーは
順番を待つ人の列を途中で切って
山麓駅を出発した
離れていくホームに立って
深く頭を下げている二人の女性駅員さんに
私もそっと頭を下げる

満員の車内で
窓際に寄っていると
ガイドさんが説明を始める
右に 左にと 言われるままに目をやると
ゆっくりと広がっていく風景が
やわらかな声と一緒に
胸の中に写しとられる
急に高く盛り上がる山々
その間を折れ曲がる川
川のほとりの温泉町
越後三山 魚野川 コマクサの湯
初めて触れる言葉に華やいでいく

「静かにしないと山の中に降ろすよ」と
母親に言われて
怖そうに窓から森を見下ろしている男の子の
健やかな睫
かばいあうように景色を見ている
若いカップルのか細い体
幼さも若さも そのみずみずしさに
まだ見えない永い時間を含んでいる

こころの重みは重みとして
胸に泳がせておくことを ようやく覚えて
布カバンに
切り取ったニページ分の時刻表を はらりと入れて
二時間前 玄関を出てきた

ロープウェーの箱の中
軽くなって
登っていく
抱えたものはそのままに
花畑とブナの森へ
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